企業経営において、「売掛金(債権)」の扱いは、資金繰り(キャッシュフロー)を左右する生命線です。
近年、この売掛金を活用した二つの主要な仕組みが注目されています。
それが「ファクタリング(Factoring)」と「電子記録債権(でんさい)」です。
一見、どちらも「企業が持つ債権を扱う仕組み」という共通点がありますが、その目的、機能、そして法的な背景は全く異なります。特に、銀行融資が難しい状況で資金調達を検討する中小企業や個人事業主にとって、両者の違いを正確に理解することは、最適な資金繰り戦略を立てるための必須条件となります。
この記事では、ファクタリングとでんさいの基本的な違いから、詳細なメリット・デメリット、そして両者を組み合わせた新しいソリューションまで、深掘りして解説します。
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監修者プロフィール
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第1章:ファクタリングとでんさいの基本概念と決定的な違い
まず、ファクタリングとでんさいがそれぞれ「どのような目的で、どのような機能を持つのか」という、根幹の部分を明確に比較します。
1-1. 目的と機能の明確な違い
| 項目 | ファクタリング (Factoring) | 電子記録債権 (でんさい) |
| 主な目的 | 資金調達(早期現金化) | 決済手段の電子化・効率化 |
| 機能の核 | 売掛金を「売却」し、リスクを移転する | 債権の存在を「電子的に記録・管理」する |
| 創設根拠法 | 民法上の債権譲渡、商法 | 電子記録債権法 |
| 管理主体 | ファクタリング会社(民間企業) | でんさいネット(株式会社全銀電子債権ネットワーク) |
| 対象債権 | 企業が持つすべての売掛債権(請求書、契約書ベース) | でんさいネットに登録された債権のみ |
| 性質 | 金融サービス、債権流動化 | 支払手段、電子債権 |
【結論:決定的な違い】
- でんさい:「手形・振込に代わる決済手段」として、決済事務の効率化を図ることを最大の目的としています。
- ファクタリング:「売掛金の期日前の資金化」を通じて、資金繰り(キャッシュフロー)の改善を図ることを最大の目的としています。
1-2. でんさいとは:手形・売掛金の課題を乗り越える電子化債権
電子記録債権(でんさい)は、従来、紙でやり取りされていた約束手形や、通常の売掛債権(指名債権)が抱えていた様々な課題を解決するために、2008年に創設された新たなタイプの債権です。
1) でんさいが解決する従来の課題
| 従来の課題 | でんさいによる解決 |
| 紙の手形 | 盗難・紛失リスク、印紙代、保管・管理コスト、取立手続きの手間 |
| 売掛債権 | 二重譲渡リスク、債権譲渡時の債務者への通知・承諾手続きの煩雑さ |
2) でんさいの基本的な仕組み
債権の発生、譲渡、支払い、消滅などのすべての情報が、「でんさいネット」の電子記録原簿に記録されます。企業は、取引銀行を通じてこの「でんさいネット」にアクセスし、各種手続きを行います。
- 発行(発生):支払企業が銀行を通じて、でんさいの情報をでんさいネットに登録します。
- 譲渡:受取企業は、債権を分割して他の企業に譲渡したり、銀行などで割引したりすることが可能です。
- 決済:満期日になると、でんさいネットを通じて自動的に支払企業の口座から受取企業の口座へ資金が移動します。
第2章:資金調達の視点から見たメリット・デメリットの比較
両者が「資金調達」に活用される際(でんさい割引 vs 買取ファクタリング)の具体的な違いを比較します。
2-1. スピード・審査・コストの比較
| 項目 | ファクタリング(買取型) | でんさい割引(早期資金化) |
| 調達目的 | 緊急の資金繰り、早期の運転資金確保 | 満期日前の資金調達(割引) |
| 調達スピード | 最短即日〜数日 | 数日〜1週間(銀行審査による) |
| 審査対象 | 主に売掛先(債務者)の信用力 | 売掛先と利用者(割引依頼者)の両方の信用力 |
| 法的性質 | 債権の売買(譲渡) | 融資(借入) |
| コスト | 手数料(2者間:10%程度、3者間:1〜9%程度) | 金利・割引料(年率1〜5%程度) |
| 担保・保証人 | 原則不要 | 銀行の判断による(基本的に不要だが、融資枠に影響) |
【重要な相違点】
- スピードとコスト:ファクタリングはコストが高いが圧倒的に速い。でんさい割引はコストが安いが、銀行の融資審査を伴うため時間がかかる。
- 審査の重点:ファクタリングは、利用企業が赤字や税金滞納あっても、売掛先(大手企業など)の信用力が高ければ利用しやすい。
- 法的性質:でんさい割引は融資であるため、会社のバランスシート(B/S)上「負債」として計上され、借入枠を圧迫する可能性があります。
ファクタリングは債権の売買であるため、原則として負債にはなりません。
2-2. 償還請求権(ノンリコース)の有無
資金調達における最も重要なリスクの違いが、「償還請求権(リコース)」の有無です。
| 項目 | ファクタリング(買取型) | でんさい割引 |
| 償還請求権 | 原則なし(ノンリコース) | 基本的にあり(リコース) |
| 意味合い | 売却後、売掛先が倒産しても、受取代金を利用者がファクタリング会社に弁済する義務はない。(資金回収のリスクをファクタリング会社が負う) | 割引後、売掛先が倒産して不渡りとなった場合、利用者が金融機関に弁済する義務を負う。(利用者がリスクを負う) |
この「償還請求権なし(ノンリコース)」という特性は、ファクタリングが単なる資金調達ではなく、売掛債権の貸し倒れリスクを移転(保証)する側面を持つことを示しています。企業にとって、最大のメリットの一つです。
第3章:でんさいとファクタリング、それぞれの活用メリット
各手法が、どのような経営課題に対して効果を発揮するのかを具体的に見ていきます。
3-1. でんさいの経営的メリット:効率と安全性
1) 支払企業側のメリット(債務者)
- 事務工数の削減:手形発行や管理にかかる時間、人件費、印紙代が不要になります。
- 資金管理の円滑化:手形決済のように現金決済の準備が直前になることがなく、支払期日に合わせた資金管理が容易になります。
- 手形債権の抱えるリスク解消:手形の盗難・紛失リスクから完全に解放されます。
2) 受取企業側のメリット(債権者)
- 利便性の向上:譲渡や分割が簡単で、必要なときに必要な分だけ資金化(割引)できます。
- 取立の自動化:満期日に自動で口座入金されるため、銀行窓口での取立手続きが不要です。
3-2. ファクタリングの経営的メリット:スピードと安定性
1) 財務状況が不安定な企業の救済
- 赤字・債務超過でも利用可能:銀行融資の審査が通らない企業でも、売掛先の信用力が高ければ資金調達が可能です。事業再生や緊急時の資金繰り改善に極めて有効です。
- 税金滞納があっても審査可能:税金や社会保険料の滞納があると銀行融資は絶望的ですが、ファクタリングは審査対象外です。
2) 経営の安定化
- 売上拡大のボトルネック解消:売掛金の入金サイトが長く、仕入れが先行する業種(建設業、製造業、卸売業など)において、タイムラグを埋めることで、黒字倒産のリスクを防ぎ、積極的な受注を可能にします。
- 迅速な対応力:急な大口受注、機材の突発的な故障、予期せぬトラブルなど、緊急性の高い資金ニーズに最短即日で対応できます。
第4章:でんさいとファクタリングの発展的活用:「でんさいファクタリング」
近年、この二つの仕組みの利点を組み合わせた「でんさいファクタリング」が登場し、特に大企業とその取引先との間で活用されています。
4-1. でんさいファクタリング(一括ファクタリング)の仕組み
でんさいファクタリングは、主に「でんさい」と「一括ファクタリング」を融合させた決済・資金調達サービスです。
- 支払企業:取引先(納入企業)への支払いを、従来の振込ではなくでんさいで行います。
- 契約:支払企業は、金融機関(またはファクタリング会社)と「でんさいの譲渡予約」を含む一括ファクタリング契約を締結します。
- 納入企業:でんさいを受け取った納入企業は、満期日を待つことなく、金融機関にでんさいを売却し、早期に現金化します。
- 支払い:満期日には、支払企業から金融機関に資金が自動的に支払われます。
4-2. でんさいファクタリングの最大のメリット
- 納入企業(中小企業)のメリット
- 低コストでの資金調達:銀行などの金融機関が主導するため、一般的な2者間ファクタリングよりも手数料が大幅に低くなります。
- 償還請求権なし:ファクタリング契約の一種であるため、売掛先の倒産リスクを金融機関側が負ってくれます(ノンリコース)。
- 手続きの簡素化:継続的な契約のため、都度の煩雑な審査や契約が不要になります。
- 支払企業(大企業)のメリット
- サプライヤー支援:取引先(納入企業)の資金繰りを支援することで、安定的な部品・原材料の供給を維持できます。
- 支払業務の効率化:手形発行から解放され、支払処理が一本化されます。
4-3. でんさいファクタリングのデメリットと注意点
- 支払企業の利用登録が必須:そもそも支払企業がでんさいを導入していなければ、このスキームは利用できません。
- 選択肢の限定:このサービスを提供している金融機関やファクタリング会社は、通常の買取ファクタリング会社に比べて数が少ないです。
- 利用者側の自由度:すでに契約(譲渡予約)が結ばれているため、他の資金調達手段を選択する自由度が低くなります。
第5章:最適な資金調達戦略の構築
企業が資金調達の選択肢を検討する際、ファクタリングとでんさい(でんさい割引)は、性質が大きく異なるため、目的別に使い分けるべきです。
5-1. 目的別に見る最適な選択肢
| 資金調達の目的 | 評価項目 | 最適な選択肢 |
| 短期的な緊急資金(明日までに必要) | スピード | ファクタリング(2者間) |
| 既存融資枠を温存したい | 負債計上リスク | ファクタリング |
| 長期的な低コスト調達 | コスト | でんさい割引 |
| 売掛先の倒産リスク回避 | 償還請求権 | ファクタリング |
| 取引先を巻き込まずに済ませたい | 取引先への通知 | ファクタリング(2者間) |
5-2. 資金繰り改善のためのロードマップ
- 【STEP 1:決済手段の効率化】
- 手形や通常の振込による決済が多い場合は、まず電子記録債権(でんさい)の導入を検討し、事務作業の軽減と債権管理の安全性を高める。
- 【STEP 2:安定的な資金化ルートの確保】
- 自社の売掛先が大手企業など信用力のある場合は、低コストなでんさい割引(銀行融資枠内)や、より安全なでんさいファクタリングを検討し、安定的なキャッシュフローの構築を目指す。
- 【STEP 3:緊急時の最終手段】
- 銀行融資やでんさい割引が間に合わない、あるいは自社の決算が赤字で審査が通らないなど、緊急事態に陥った場合は、手数料はかかるがスピードが速いファクタリング(2者間)を利用し、資金ショートを回避する。
結論:ファクタリングとでんさいの違いを理解し、キャッシュフローを最適化せよ
ファクタリングと電子記録債権(でんさい)は、「資金繰りの改善」という最終目標こそ同じですが、アプローチが根本的に異なります。
| アプローチ | 手段 |
| 資金調達ルートの多様化 | ファクタリング |
| 既存決済ルートのデジタル化 | でんさい |
でんさいは、手形決済の課題を解決し、日常の事務効率と決済の安全性を高めるインフラです。一方、ファクタリングは、企業の財務状況に関わらず、緊急時や成長期の資金ニーズに迅速に対応するソリューションです。
経営者は、この二つのツールを正しく区別し、自社の資金繰り状況、緊急性、そしてコスト効率のバランスを見極めて使い分けることが、持続的な成長と倒産リスクの回避に繋がります。今一度、自社のキャッシュフローを点検し、最適な手段を選択しましょう。
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